まだ都会で生きているわたしへ

もしもわたしがまだ一人都会で生きていたら、こんなことばをかけようと思う。

【都会vs地方】女性が都会で会社に揉みくちゃにされたら、たまには地方に住むと良い

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もし自分が都会に住み続けていたら、どうなっていただろうか。

 

そもそも27歳頃まではずっと都会で仕事をしていた。

その都会の定義もなんなのかと思うが、少なくとも地方と呼ばれるところで生活し始めたのは、20代も後半になって初めてだった。

 

地方生活が始まったきっかけは、親の隠居だった。病気をしたり倒れたり、何度か生死を彷徨った父の療養に、両親は田舎に引っ込んだ。

私は大学卒業から一人暮らしをしていたので、特に関係は元々なかった。

しかし私が4ヶ月ほど海外に長期一人旅へ出かけた際親がたいそう心配し、旅が終わるとひとまず顔を見せに田舎に戻ってほしいと言われ、家も引き払い身軽だった私は田舎へしばらく住むことにした。

 

父の介護をしながら、そこから自分ののんびりした田舎生活が始まった。そもそも母に田舎生活を提案したのは誰でもない、私だった。母はその意外な提案にはじめは戸惑っていたが、いいアイデアだと納得したらしく、それから半年ほどの間に持ち家を売るなど全ての身辺整理を一人でこなし、サクッと田舎へ引っ越しをした。

 

母の行動力はその年齢にしては目を見張るものがあるが、私も母譲りでかなり身軽である。田舎にしばらく住んでみたらと言われると、全く抵抗なく住めたものだった。

 

それから今に至るまで、田舎暮らしは続いている。といっても父はその後亡くなり、母はまた1ヶ月ほどでサクッと身辺整理を行うと母の地元へまた逆戻りし今はいないのだが。私はその田舎とは隣の県に現在住んでおり、もう地方暮らしは計5,6年となった。

 

地方の良さは数々ある。自分のためにも3つ挙げてみると、こんな感じだ。

1つ、人が少なくストレスが少ない。ごみごみした環境が非常にストレスだった自分にとっては、かなり心地よい環境であった。

 

2つ目、変な人が少ない。都会では、気が狂ったような人を街中で多々見かけるものだ。ブツブツ言う人、痴漢、女子の制服を着たおじさん。同じ車両にそんな人がいた時など、都会では時に自分に危害が及ぶかとヒヤヒヤする時もある。

そういった人を地方ではまったく見かけなくなった。ストレスフリー。

 

最後3つ目、ナイス車社会。都会では車は邪魔でしかない。駐車場はないし、入れるとバカ高い。渋滞ばかりで思うように動けない。結局電車しか手段はないのだが、混んでいて不快だ。

地方は完全に車がないと生活できないため、近くへ行くのも車だ。ドア to ドア。これがかなり快適。都会のように、家から駅まで歩くか自転車で行き、電車に乗り、また目的地まで歩くといった手間と時間がかからないところが魅力である。

 

でも光と陰同様に、もちろん地方にはデメリットもある。

1つは、ショッピングの不便さ。欲しいものが手に入らない。ショップが少なく、都会まで行かないと手にとって買えない。ネットショッピングでは実物に触れられず、思うように買い物ができないところが痛手だ。

 

2つ目、おいしいものが食べられない。レストランの質が低いのだ。おいしいパスタに巡り合うのは至難の技だし、サービスの質も低い。そんな中途半端なものを食べに行くくらいなら家で食べようと思い外食が減り、家で食べるのもいい加減つまらなくなってくる。

 

3つ目、致命的なのがこれ。

飽きる。

大きな施設といったらイオンモール。出かけると言ったらイオンモール

都会のように、最新の施設があるわけでもなく、アトラクションがあるわけでもなく、あるのは自然とモール。飽きる。やることがないのだ。刺激好きな自分にはけっこう耐え難い苦悩である。モールに集まる家族の多さに、休日はこんな過ごし方でほんとにいいのか?苛立ちさえ感じてくる。 

 

それでも、今もまだ私が都会で生きているとしたら、精神的に疲弊しているに違いない。自分を見失っていたかもしれない。20代後半で地方暮らしに切り替わった自分は幸運だったのだろう。

 

もし今も都会で生きていたら、どんな生活をしていただろうか。

きっとまだ会社に属し、ある程度のポジションを確保しながら責任は重く、仕事量も多く、責任感を持って精一杯当たって砕けて砕け続けているのだろう。

私はけっこう真面目に頑張る人間なので、期待以上の働きをし続け評価をされることが多かった。かなり重いポジションに、新入社員1年目から就いていた。

 

それでも、女性にとって会社で活躍するということは、精神的に辛いことがたくさんあるのだ。女性が会社である程度のポジションを持ち仕事することは、並大抵のことではない。まだ女性の活躍を受け入れる日本社会の懐の深さはない。発展途上だからだ。男社会がまだ蔓延る日本で、女性が結婚や出産や、様々なライフスタイルの変化に対応しながら仕事でも向上心を持って両立させるなんて、できている人がいたら神様だと思う。

男性がまだ未熟なのだ。SAMURAIの心は忘れ去ってしまったのに、男性優位の意識だけまだ昔のまま残っている。とても弱いハートと、それを隠し強くみせようとする虚栄心を持つ男性が現代社会では多い。

 

でもその責任は女性にもある。なぜなら、そんな男性を産み、育てたのは女性でもあるからだ。

 だからこれからの時代は、女性だと思う。というか、女性から変わっていく必要があると思う。今居る全人類、それを産み出したのは女性だからだ。

恋愛でも仕事でも、女性が男性の文句を言っている場合ではない。そんな男性たちを女性が産み出してしまっている。自分の世代の女性が担うべき責任は、心身ともに強く謙虚で思いやりのある男性を育てることだろう。

このことを、自分の心に刻んでおきたい。常に問題は自分だということ。

 

自分が男の子を産んだら、精一杯努力しよう。未来に胸を張って生きられる子を育てるように。もちろん女の子を産んだとしても同様に。

 

都会と地方両方に住んだ身としては、子育ても地方が育てやすいだろう。地元の友人や親が遠いというのがネックだが、車社会で人混みが少なく自然が多い地方に軍配が上がる。都会では、電車でベビーカーに赤子を連れて移動することを考えただけで気が重くなる。

 

人生、色々な経験があっていいと思う。住む場所だって色々経験してみたら良い。視野が広がり心が豊かになりネタが増える。

 

都会で疲れたら、たまには地方でリラックス。そんな人生も、よいと思う。

【マーケティング:ペルソナ設定】30代のアクセサリー作家で頭打ちを食らっているが、現状を打破しようとしている女性の例

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こんにちは、らんです。

 

関西へ出張へ行ったり、地震で親類や友人の安否確認など諸々していて、ブログがご無沙汰だった。

 

これからも関西での仕事が増えてきそうで、自分の苦手分野「日本史」をたくさん勉強する必要に駆られていたり、気持ち的にとても忙しい今日この頃。

そんな中同時進行でやろうとしていることがある。

友人YのアクセサリーをPRする手伝いだ。

 

友人の作るアクセサリーはピアスイヤリングでとても上質で素敵だ。

だが、現在の日本にはアクセサリー作家という女性は星の数ほどいる。

そんな中、自分の作品の認知を広げ、細々とだけではなくビジネスを拡大し、思い描いている自分の「成功像」を手に入れるためにはどうすればよいか。

こういうことは、アクセサリー作家さんの苦手とするところではないだろうか。なぜなら、デザインなどを得意とする女性は感性で生きており、理論的に物事を考えたりマーケティングを勉強したりすることが苦手だろうからだ。

 

友人Yも例外ではなかった。

彼女の悩みは、自分が作品作りに時間を費やせば費やすほど、自分の作品のPRや市場拡大に時間が割けず、また手法もわからず伸び悩んでいまっていた。

友人や親族伝いで顧客を順調に確保しているものの、それ以上の認知が広がらず、モヤモヤしながらもがいているようだった。

これまで私はそんな彼女を遠くから応援していたのだったが、彼女から「海外に出店していきたいんだけど、手伝って(涙)」と英語が少々得意な私に相談してくれるようになっていた。

海外も良いが、ひとまず日本での販路ももう少し増やしてみる方がよいかと思い、私はその販路拡大のお手伝いをするよ、と申し出た。ちょうどフルタイムの仕事を辞めてフリーに生きている私は、精神的に余裕があった。それまでは人のことなんて構っていられないほど必死で仕事に生きていた自分にとって、友人をサポートする余裕を持てるようになったことはなかなか有難いことだった。

 

そういうことで、これから彼女のプロデューサー的役割を担わせていただこうと思う。芸能人でもなんでもそうだが、才能のある本人を押し上げ有名にし、見せ方に気を配ってブランディングをするのは必ずといって本人ではなく他人だ。本人は自分のことだから、自分の良さや魅力に気づき辛い。それを見出しサポートしてあげるのは他人しかできないことだと思う。友人の立場としてできることは、彼女自身の魅力や彼女のデザインの才能を近すぎないところで眺めて、ブランディングしてあげることだろうと思う。

そういう思いで、今日、改めて彼女の事業について俯瞰で見てみることにした。そうした時、まず彼女の現状を打破するためにはじめにするべきなのはコレだと思った。

販路拡大の前に、まず自分の事業についてまずとことん掘り下げることだ。

明日までに彼女にまず宿題を出し、一緒にその宿題に取り組もうと思う。

それは、

ペルソナの設定だ。

これは彼女に限らず、アクセサリー作家やデザイナーとして手作り品を売っているがいまいち自分の理想に到達せずもがいている人全員が、1番に必ずするべきことだと思う。

 

*ペルソナとは、実際に自社の商品やサービスを使ってくれるであろうモデルユーザー(ペルソナ)を作り出し、そのユーザーのニーズを満たすような形で商品やサービスを設計するというマーケティング手法だ。

例えばアクセサリーであれば、自分の作ったそのイアリングをほしい!と思って買って使ってくれるであろうたった一人の人物像を作り出すということだ。

名前や性格、口癖やモットー、年齢や住んでいる町の名前、仕事内容、年収、服装やライフスタイル、好きな食べ物など、細かなことまで徹底的に設定しあたかも実在するかのようなある一人の人を作り出して設定する。まるで自分が小説家になり、主人公を設定するかのような気持ちで生まれた環境からこれまでの生き方、全てを作り込んでしまうのだ。

 

代表的な成功事例として、スープストックトーキョーの事例が非常におもしろい。

創業者遠山さんは、スープを飲むある女性像が思い浮かび、それを事業にするため「秋野つゆ」という架空の女性を作り出し、つゆが好きなメニューや内装、これは嫌いそうだな、といった目線で全て事業の設計を行い大成功させた。

 

秋野つゆ

 

 

マーケティングと聞くと、個人事業主や趣味で仕事していて売り上げはそこまで求めていません、といった人にとっては「大企業がすること」と感じてしまうかもしれない。だが、どんな人であれ、お金をいただいてお客様に商品やサービスを提供している人は全員、このペルソナを設定するべきだと思う。

 

例えば趣味程度の普通のアクセサリー作家さんであれば、広くお客様を集めたいので、ターゲットを絞ったところで「30代女性」などと漠然としたものにしてしまうだろう。でも、30代女性にも色々嗜好は違い、ライフスタイルも異なるのだ。広くターゲットを設定しすぎると、提供する商品にブレが生じる。そうしたら、提供したい商品のストーリーもブレて伝わらないのだ。そうしたブレがお客様に伝わり、魅力を感じない結果になりものが売れなくなる。

 

ターゲットをたった一人に絞ると、まったくものが売れないような気がしてこわい。でも、スープストックの例のように、たった一人にターゲットを絞ると、多くの人の共感を得るという結果がある。なので、友人Yのような個人事業のアクセサリー作家ほど、たった一人のペルソナを設定するところから事業をスタートさせるべきだろう。

 

もうYは事業を始めて4年以上経つが、今からでも遅くない。そんなことをしていないうちから特定の顧客は付いてくれているのだ。それが、彼女の作品はたった一人の人に必ず刺さるという証拠になっている。

 

これから、Yがどこまで活躍を広げるようになるか、今から楽しみだ。微力でもできる限りのことをし、苦労が多いYが心から笑える日が来るよう、彼女が輝ける世界を一緒に築いていこうと思う。

【アスペルガー夫との仁義なき戦い】理不尽な彼らの対処方法。第一優先は「自分を守ること」

こんにちは、らんです。

 

今日は、昨日アスペルガー夫と繰り広げた仁義なき戦いについて。

 

アスペルガー夫をお持ちの妻の方々はわかっていただけると思うが、彼らとまともな話し合いをしようと希望を持っても粉々に打ち砕かれる。

道徳や常識というものは彼らの頭にインプットされておらず、理不尽極まりない論理を平気でかざして迫ってくる。

普段や穏やかで優しい夫であることも多いため、豹変したエキセントリックぶりに怯みそうになり、ブチギレて発狂されてしまうと最後、こちらのメンタルが折れて精神を蝕まれる結果になる。

 

普通の夫をお持ちの方には読んでも理解が難しいかと思われるが、アスペルガー夫の妻には「わかる」と思っていただける内容ではなかろうか。

昨日私はそんな不毛な戦いを彼と繰り広げ、散々な結果に終わった。

といっても話自体は丸く収まったといえば収まったのだが、こちらは疲労困憊、泣き腫らした目はパンパンで酷い顔をしている。私のメンタルはまだまだ彼の特性を上手く扱えるまで鍛えられていない。

 

喧嘩の内容は、私が一泊を伴う仕事で遠方に行くことに彼が不満を感じ、文句を言い続けること」だった。

月に1,2度フリーの仕事で出張をし始めた私に対し、その仕事が入ったと彼に報告する度に彼の機嫌が悪くなり何度も喧嘩になり、私は困っていた。なんとか解決したいと思い、決死の覚悟で戦いを望んだのが昨日だった。

 

会話はこんな感じだ。

夫「主婦が一泊でとこかに行くなんておかしくないの??普通なの?だめでしょう?」

私「いや、おかしくはないと思うよ。仕事だし。あなたも仕事で出張行くでしょう。その時私は行かないで!とか言わないじゃん。なにがおかしいと思うのか、その理由をちゃんと言ってみてよ」

夫「気にくわないからだよ」

私「(なんだそれ)気にくわない理由を言ってみて」

夫「理由はない!気にくわないのが理由なんだ!」

私「(あー、キレ出した)あなたは10歳児?気にくわないからなんでもしていいと思ってるの?器がちっちゃいんだね」

夫「俺はどーせ器がちっちゃいんだよ!あなたのことが好きだから行ってほしくないの!!」

私「私のことが好きだから束縛するんだ。それ大人がすることなの?あなた父親になったら子供が好きだからって同じように束縛するの?そんな父親かっこいいと思う?」

夫「・・・・・」「ふんっじゃぁもういいよ、好きにすればいいじゃん!勝手に行きゃぁいいじゃん!」

私「そんなすねて投げやりになって終わるの?それじゃこれから一泊で仕事があるたびにこうやってあなたと喧嘩しないといけないの?そんな体力ないよ、私。」

夫「俺はあなたが一泊でどこかに行くことが気にくわない。あなたはそう言う俺のことが気にくわない。解決しようがないよね。」

私「あなたの言ってることが正しくないかもと思うことはないんだ?相手が好きだから側に置いときたいって思うのが間違ってると自覚はしないんだね」

夫「俺は間違ってないと思う。」

私「じゃぁ自分の母親でも妹でも同僚でも部下でも、みんなに聞いてみたら?世の中の人がどう考えるか。妻がこんなことするっていうんだけど間違ってない?って」

夫「もういいよ、行きゃぁいいじゃん!どうせ行くんでしょ?俺が何言ったって無駄じゃん!」

 

こんな会話を永遠続けながら、私は絶望する。「この人とまともな会話は望めない」

そんな中でも、どうにか解決の糸口を探ってみる。

でも努力は虚しく、話は発展し、この後離婚するどうするまで飛躍する。「離婚したいならすりゃーいいじゃん」と夫は軽々口にし、「本気で言ってるの」と私が問うと「うん」と言う。

「じゃぁ離婚するんだね」と私が言うと、夫は「離婚したいと思ってるわけじゃない」という。「本気で離婚するって言ったんでしょ」と私言うと、「そんなことは言ってない」と夫は言う。

おいおい、どんな記憶構造をしているんだ。

アスペルガーの典型的な特徴だ。「自分の言ったことを覚えていない」もしくは「自分の言ったことを違う風に記憶している」ということ。

だからアスペルガーとまともにやりあっても、そもそも彼には記憶を留めることができないため、お話にならない。言った言わない論で無駄な労力を使うことになるのだ。

 

アスペルガーとまともにやりあってはいけない」と肝に命じているのだが、うまくいかないもので。言われた冷徹な言葉や鋭い目つきにやられてしまい、感情が動く。

「人間だもの。」あいだみつを様様だ。

観音様レベルに行きつきたいものです。

 

結局朝4時まで話してヘトヘトになり、重い頭とともに眠りについた。

朝起きたら彼は清々しそうに、何もなかったかのようにベタベタくっついてくる。恐怖だ

それはまるでDV夫が妻を殴りまくった後に「ごめんね・・愛してる・・」と言ってくる位恐ろしい。ケロッと忘れられるアスペルガーの特性あなたには「気持ちを引きづる」私の複雑な心境がわかるまい。「どうしたの〜仲良くしようよ〜」と迫ってくるアスペ夫を振りのけ、今回の失敗を振り返りながらまた戦略を練り直す。トライアンドエラー。もしくはPDCAサイクル

 

アスペルガー夫とうまくやっていこうと思うなら、こちらの頭を使わざるを得ない。

感情でぶつかっても絶対うまく行く日はやってこない。ビジネスのPDCAサイクルのごとく、P(PLAN=計画)→D(DO=実行)→C(CHECK=確認)→A(ACTION=改善)を淡々と繰り返し、だんだん関係をよくしていく必要がある。それは根気と頭脳が必要な苦行だ。これを楽しめるくらいのメンタルを持たないとやっていけないと思う。

私がそのメンタルをどこまで強化できるかはわからない。ただ、諦めるのはやってからでもいいかな、とは考えている。やらずに諦めるのは性に合わない。なるべく、ゲーム感覚でやっていけるよう工夫を重ねていこうと思う。それは決して彼のためではなく、自分の身を守るためにだ。自分の身を守らないと、人を幸せになんてできない。まずは自分のためにしっかり行動することを大事にしている。

 

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では、また。

【幸せはお金で買える】幸せになるための正しいお金の使い方と幸せを感じる秘訣

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こんにちは、らんです。

 

綺麗に晴れ上がった梅雨の昨日、友人とランチへ行って、友人へこんな話をした。

 

「幸せはお金で買えるらしいよ。」

 

友人Eは「え、え、知りたい知りたい」と興味深そうに耳を傾けてくれた。

Eは前の職場仲間で、地元に住んでいない私にとって数少ない、心を許してなんでも話せる女性だ。

4,5つほど年下だが、3年前に16コ年上の男性と“年の差婚”をし、今後の子供に関する計画や仕事との両立などという女性特有の悩みを抱えながら生きる女性の1人だった。

 

そんな彼女に私は最近知った「幸せ」についての情報をアウトプットしてみた。

 

 

 最近は幸せを科学できてきたそうだ。研究で「幸せになるにはどうすればよいのか」ということがだんだんわかってきた。

 

それを考えるきっかけとなったのは、英語勉強を兼ねてたまに観るTEDのプレゼンテーション動画だった。

ハーバード大ビジネススクールマーケティング専門家マイケル・ノートン博士による「幸せを買う方法」

www.ted.com

詳しくは見てもらうのが1番早いが、世界の定説である「幸せはお金で買えない」理論を別の視点から「幸せはお金で買える」と論じている点がおもしろい。

 

ざっくりまとめると、「自分のためにお金を使っても幸せ度は上がらないが、人のためにお金を使ったとき、人の幸せ度は上がっていく」というお話。

 

そう聞くと、なるほどそれはそうかもしれないな、と思うかもしれない。

でも本当にこのことを理解して実行している人はほとんどいない。

 

なぜなら典型的なのが、宝くじが当たった人の末路の話だ。

皆、1億円当たったら幸せになれると思っているだろう。でもマイケルノートンいわく、幸せどころか不幸の道を辿る人が多い。逆に借金を作るほどお金を浪費してしまったり、人間関係が壊れてしまったりということが起こってしまう。

 

それはなぜか。宝くじが当たったら幸せになれるのではなかったのか。

それは、皆自分にお金を使おうと思うからだ。1億円当たったら全額寄付しようとか、貧しい国にプレゼントしようと考える人は稀で、大概自分に使うことを考えるからだ。家を買おう、車を買おう、何を買おうと。

 

研究結果では、自分にお金を使おうとしている限り、幸せにはなれない。お金の使い方を見直す必要がある。使い方を変え、自分ではなく人に使ったとき、人は幸せを感じることができるということだった。

 

 

皆、幸せになりたいと思っている。なのに、幸せになる方法を教えてくれる機会はほとんどない。億万長者になる方法や資産運用の仕方などの本は本屋に山積みだが、「幸せになる方法」のバイブルはない。どちらかというと、スピリチュアル系の本になってしまう。「あなたは今ここで幸せになれる」というような、身も蓋もない話に。

 

幸せになりたいと思うなら、幸せのなり方を詳しく勉強していく必要があるだろう。せっかく世界中の研究者が毎日調べて出してくれている研究結果は上手く取り入れて、生まれた限りしっかり幸せを追求するべきではないのだろうか。

病気になりたくないから病気に詳しくなるより、幸せに詳しくなる方が圧倒的に役に立つように思う。

 

もし手元に500円があったら、自分にスタバのクリームたっぷりフラペチーノを買うより、友人にそれを買ってあげること。そんな小さなことで、同じ500円でも幸せになれる。それがお金で幸せを買う方法だということ。

自分の今の環境でできることからやっていったらいいと思う。目線を変えるだけで。

「自分はどんなものを買ったら幸せになれるか」ではなく、「人にどんなお金の使い方をしたら自分は幸せになれるか」というように。

 

幸せな国と言われるミャンマー「世界寄付指数ランキング」でずっと第一位の国。最貧国の一つなのに、仏教の「慈善の精神」を元に人に寄付をする文化が根付いている。この結果からも、人への慈善の精神が幸せになる方法だということを表しているように思う。

つまり、日本人が幸せを感じにくくなっているのは、同ランキングで日本は2017年114位/140カ国中という順位が示している通り、慈善の精神が足りないことが原因かもしれない。

もっとも我々は「人へなにかしたい気持ち」を人一倍持っている国のはずなのだが、表現することや行動することが苦手な国民だと思う。「照れ」や「人と違うことをすることへの憚り」などが、チャリティーなどへの参加を難しくしているように思う。「人の目」を人一倍気にしてしまう国民性があるのだ。

でもそろそろここまでのグローバル化になれば、いい加減「出る杭は打たれる」という恐怖から脱して、日本人1人1人が「人と違うことをする勇気」を持って個人レベルで行動し始めることから始める必要があるかと感じている。

 

私も最近、早速自分が人へできることを日々探して実行中。日々、勉強です。

 

では、また。

【夫はアスペルガーだった】宇宙人みたいだった彼が結婚後に発達障害だと気づき結婚8ヶ月後に離婚届を突き出した話

こんにちは、らんです。

 

私にはアルペルガー夫がいる。

 

本人は認めたくないようで、診断もしていないが99.9%そうだ。

こういう場合よく世間で言われているのが、診断していないのに発達障害ADHDアスペルガーと決めつけるのはよくないのではないか、という声。

 

でも私はそうではないと思う。なぜなら身内、特に配偶者には必ずわかるだろうほぼ明確な事実だからだ。

もちろん、昔のように何も情報がなかった時代、自分の夫や妻がアスペルガーでも気づかないことも多かったと思う。相手の個性や性格と捉え、我慢してきた夫婦はたくさんいると思う。アスペルガーなどの発達障害男性が多いと言われているため、主に妻の方が多く悩み耐えてきたと思われる。

でも今は現代。科学も進歩し研究も進んでいる。現時点で夫や妻を発達障害アスペルガーADHDと特定することは容易いと思う。

 

友人によく聞かれることがある。

「どうして付き合ってる時に気づかなかったの?」

この問いの答えは、当事者なら皆わかるのではないだろうか。

それは、「結婚してから本性を出すのが発達障害者だから」である。

 

付き合っている時にはわからない。私の夫の場合、付き合っているときももちろん不思議なところは多々あった。私は彼のことを人に説明するときは決まって、「宇宙人みたいな人」と表現していた。よくわからない返答や行動や、メールの内容や表情をする変な人だと思っていた。歩き方話し方も普通の人とちょっと違う。同じ星の人とは思えなかったのだ。

ただ、そこがおもしろいと思っていた。独特で個性的。なにより仕事が抜群に出来て、尊敬していた。私に危害を加えることもなかった。

 

それが結婚してなぜ彼がアスペルガーだと気付いたのか。

それは、異常に発狂し出したり、物を投げたり、私に暴言を吐いたり、そういった家庭内モラハラと言える異常行動が増えたときだった。もう我慢ならないと思ったのは、彼が怒り狂って家の中に唾を吐き出したときだった。

「この人、なにかおかしい・・。」そう思って本からインターネットから情報を漁り出すと、わかった。あぁ、これだ・・。

彼の変わったこれまでの行動言動全てが、発達障害者の症状にぴったり合致していた。

そうか、これなら全て納得がいく。おもしろいくらい、彼の症状全てがモデルケースかのごとく本に書いてあった。「急に発狂する、暴れる、暴言を吐く、ものを投げる、次の日に全て忘れている、ころっと態度が変わる、謝れない、自分が悪いと自覚できない、すぐ逆ギレする・・」なんだこの人、典型的な発達障害者ではないか。

 

初めは面食らった。なぜなら私の知識が浅すぎて、アスペルガーというものは空気が読めない、仕事ができない”色々できない”人だと思っていたからだ。

こんなに仕事が出来て頭の回転が早くすごい人だと思っていた人が、発達障害者なんて信じられなかった。

でも、そういう人が山ほどいることを調べていく内に知っていった。むしろ、アスペルガーの特徴の1つがIQが高く知能が高いことだ。天才的な特性を持つ人なのだ。

 

そこから私の彼との新たな段階の戦いが始まった。

 

彼に第一にまず「あなたは発達障害だと思われる」と告げてみた。ことあるごとに発狂されて暴れられてはたまらないからだ。本人の自覚を促すしか解決策はないと思った。

でもこういう状況になった方のあるあるかもしれないが、本人は決して認めない。

「自分は違うと思う。むしろあなたが発達障害ではないか」と言い返される始末だった。

アスペルガーの特性だが、まともにやり合うとらちがあかない。それでも、ぶつかりながら何度か本人に伝えていった。

しぶしぶ、もしかしたらそうかも、と本人が若干認めるまでにはなった。

 

私が彼をアスペルガーだと考える理由はもう1つあった。

それは、以前彼が「俺、文字が読めないんだよね。いや、読めるんだけど、頭の中に意味として入ってこないの。意味わかる?本とか教科書とか昔から読めなくて、大人になって知ったんだけど、それが学習障害ってやつだったみたいなの。」と言っていたことだ。

その時私は「へ〜。」と聞いていただけだったが、発達障害のことを調べていくと衝撃的なことが書いてあり、またびっくりした。

発達障害は、文字が読めないなどの識字障害と併発することが非常に多い」

という事実だった。そうか、ますます確実ではないか。彼は発達障害と識字障害を併発している人だったのだ。

 

ただ本人も発達障害を認めたと思ったら認めなかったり、当事者に自覚を促すことは困難を極めた。

なぜなら、「本人が困っていない」からだ。彼は仕事でも上手くいっており、人からの信頼も厚く、人への態度もよく、いたって順調だからだ。私との関係以外は。

 

どうして周りには優しく穏やかで、家に帰ってきた途端私にはわがままで自分勝手な男になるのか。理解不能だった。家庭ではただのわがまま男だった。いや、2歳児に戻った聞かん坊の悪ガキだった。いやいや、周りに優しくできるなら、私にもしろよ。

 

私の色々な攻防、抵抗、防御虚しく、心が病みそうになって疲れ果ててしまったのは、結婚後たった8ヶ月後だった。ああ、これがカサンドラ症候群」というやつね。いくらなりたくなくてもなってしまう怖さを感じた。「早めに逃げた方がいいかも」と思った。

私は彼に離婚届を突き出した。「もう耐えられない。こんな結婚生活が続くのは私にとって地獄。私は仏ではないし、あなたの自己中心的な行動に永遠耐え続けることは不可能です。もう無理なので、離婚して。」と、できるだけ感情を入れず、淡々と伝えた。アスペルガーは人が感情的になると全く受け付けないからだ。

彼は相当ショックだったようで、怒ったり、「そんなに俺のことが嫌いならもういいよ、離婚しよう」と言ったり、「やっぱりもう少しがんばれないの」と言ったり、二転三転しながら「もうちょっとがんばりたい」という気持ちに落ち着いたようだった。

翌日、私は「キレないこと」「ちゃんと診断を受けにいくこと」など彼にいくつか条件を出し、それを守ってくれるならもう少しがんばってみることを告げた。

 

それから今、約4ヶ月が過ぎた。なんとかまだやっている。診断はまだ行くことが叶ってないが、いずれまた事が深刻になる日が来たら病院に連れていこうと思っている。やはり、本人も私からではなく、専門家からきちんと手順を踏んで「あなたは発達障害です。」または「グレーゾーンです」とでも言われたほうが納得がいくだろうからだ。

 

これを書こうと思ったのは、昨日彼と不毛な喧嘩をしたからだ。「このアスペ野郎」と罵声を浴びせたくなるほど、理不尽な内容だった。でもだんだん私も相手の特性を掴んできているため、そう簡単にへこたれなくなった。

今やまるで、試合に臨む選手の気分だ。戦いは対戦相手のことをよく知ることからというように、相手のくせや苦手なところ、性格を把握し勝ちに行くための戦法を練る。作戦が功を奏すということを肝に命じて彼に挑む必要がある。

そう、私に今必要とされているのは、鋼のメンタルだ。発達障害者の妻というのは、この鋼のメンタルがなければただコテンパンに打ち負かされて終わりだ。

私はこのメンタル強化と戦法強化のため、日々必死で訓練中だ。これからの道のりは長い。

 

こう聞くと、彼のようなアスペルガーなりADHDなりの発達障害者と一緒にいるメリットはゼロではないかと思われるかもしれないが、そういうわけではない。彼らには誰も持っていない長所をふんだんに備えているからだ。

彼らは特殊能力を備え、彼らしかできないころでこの世界が良くなるよう貢献できる人たちだ。私が彼とまだ頑張ろうと思えるのは、そんな彼の将来の可能性が楽しみだからである。一緒に何か世界に対して良い事を成せたとき、全てが報われるように思う。

 

もっとも、その可能性が見出せなくなったときはどうなるかわからないが。

今のところ、最善を尽くして上手くやっていこうと思っている次第です。まだやってませんが、これからは夫に効くサプリも探して試していく予定です。発達障害には栄養面から補給し改善を図るという目線も大変大事らしいからだ。

 

同じ境遇で悩む方々にとって少しでも何かお役に立てればと思い書いてみた。これからも夫とのことを色々書いていこうと思う。

 

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では、また。

【なんのために生まれてなにをして生きるのか】アンパンマンが教えてくれる答えのない問いへの答え

なんのために生まれて

なにをして生きるのか

こたえられないなんて

そんなのは いやだ!

 

こんにちは、今日は少し深いことに踏み込もうと思っているらんです。

今日は過去の私が、部下たちへある気づきを促そうと行った、ちょっと変わったワークショップについて。

 

以前会社でマネージャー職をしていたとき、 わたしは危機感を感じていた。

それは、赴任した当時、部下の皆がとにかくつらそうに毎日働いていたことだった。私の目には、彼らは仕事をただの作業として、“なんのためにその仕事をしているか” を考える間もなく、漠然と生きている様子にしか映らなかった。

 皆そのまま生きていたら、ますます生きがいを感じられないまま人生を歩み続けると予測ができた。それは少なくとも楽しい人生ではないだろう。

上司としてというよりは、1人の人間として、これはなんとかしないと、と思っていた。この仕事は人に幸せを与えるすばらしい仕事なんだ、ということに気づき、少しでもそれぞれが自分の人生に生きがいを感じれるようになってほしかった。

 

ただ、そんな無気力になってしまっていたのは彼らのせいばかりではないとも思っていた。それは上司の力量や社風の力で変えれるはずのことであるのだが、これまで生きてきた中で、会社はもちろん学校でも誰も教えてくれなかったのだ。

「なんのために生きるのか」「なんのために働くのか」「なんのためにその仕事をするのか」ということを、親も知らずに生きているから親からも教わらずに大人になってしまっている。

なので、彼らが人生に迷うのは当然にも思えた。周りに合わせること重視され、人の目を気にするよう育てられ、我慢が美徳とされるこの日本は、幸せを実感しずらいお国柄でもある。

 

 

私の部下たちだけではなく、日本で働く9割以上の人は、こんなこと誰も考えていないだろう。むしろ、友人に「ねぇ、人ってなんのために生きてると思う?」と聞いたところで「え、どうしたの大丈夫?なんか病んでる?」と病人扱いされるだろう。

 

でも本当は、こういった人間の根本的な問いを考える間もなく、ただ生きていることのほうがつらいことなのではないだろうか。

 

私は上司として1番にするべきことは、部下にこの「なんのために」ということを考える機会をつくることではないか、と考えていた。なのでコッソリ以下の企画をし、実行した。

 

それはとあるワークショップ。

ある日私は、部署のスタッフを大きなホールに集め、ワークショップを開くことにした。それは会社にしては型破りであろう、「なんのために生まれて、なにをして生きるのか」について考える会だった。

 

本来会社の研修やミーティングなどは、もっと実践的なことを教えることが多いが、今の状況でそんな上っ面のことをしても意味がない。根っこにある問題から手を付けて根本的問題解決をしようという思いからだった。

 

大ホールを真っ暗にし、明かりは私が自分の司会者台に置いた小さなランプだけ。考えることが促進されそうな不思議系音楽をBGMで流した。2日間に渡って、1日ごとに約20人ほどスクリーン前に座ってもらった。

マイクを持って私は一通り色々なことを語ったあと、大きなスクリーンにこの言葉を映した。

 

なんのために生まれて

なにをして生きるのか

こたえられないなんて

そんなのは いやだ!

 

「これはある有名な歌の一節ですが、わかる人はいますか?」

こう皆に問いかけると、私よりうんと年上で頑張っていただいていた、ある女性がすかさず手を挙げ即答した。

アンパンマンのマーチですね。」

 

「その通り、さすがですね。」と私は答えた。若い子たちはまったくわからないようだった。

 

私はアンパンマンの作者、やなせたかしさんの人生観を題材に、「なんのために生まれてなにをして生きるのか」 をそれぞれ考え答えを導き出してほしいという意図を持って、このワークショップを組み立てていた。

 

この歌詞のとおり、アンパンマンのマーチはかなり内容が深い。上記の歌詞は曲の1番だ。みんながよく知っているアンパンマンマーチ「なにが君のしあわせ なにをしてよろこぶ」は2番の歌詞である。

 

次に私は、やなせたかしさん著書の文庫「明日をひらく言葉」にあるまえがきを朗読した。そこに「なんのために生まれて なにをして生きるのか」がやなせさん自身への問いかけであったということが書かれており、やなせさんの人生が凝縮して説明されていた。彼のことを全く知らない若い子達に紹介するのにはとてもいい内容だった。

 

その内容の一節に、こう書いてあった。

人生の最大のよろこびは何か?

それはつまるところ、人をよろこばせることだと思った。「人生はよろこばせごっこ」だと気づいたとき、とても気が楽になった。

 これがやなせさんの導き出した、「なんのために生まれて なにをして生きるのか」への答えだった。60歳を過ぎてわかったと本人は言っている。

 

私はこの一節がとても好きだ。これを読んだおかげで私もはっきりわかった。自分の人生は、「人をよろこばせるためにある」ということを。

 

でも、誰だって多少の差はあれど、だいたいは一緒の答えではないだろうか。生きる意味に共通の答えを出すとしたらこれしかないのではないか、と私は考えるようになった。

 

そこで、更にもう2つの例を引用して、そのワークショップで紹介した。

困っている人を助けたとき、心があたたかくなって、その時わかったんだ。

僕がなんのために生まれてきたのか。

なにをして生きていくのか。

なにが僕の幸せか。

これは、アンパンマンの映画「いのちの星のドーリィ」で、なんのために生きているのか問われたアンパンマンが答えた言葉だ。そしてこの映画は、やなせさんが「なんのために生まれて なにをして生きるのか」 という問いへの答えだと語っている。

 

私は部下たちに語りかけた。

「みなさんも、日々感じているのではないでしょうか。人になにかしてあげたとき、人から喜ばれたとき、自分の心があたたかくなることを。」

 

私はこう思う。自分で答えがわからなくても、知らずとみんな肌でこのことを感じているということを。人になにかをして喜んてもらったとき、まさにこのアンパンマンの言葉通り「こころがあたたかくなる」のだ。自分のこころの反応を感じる力が鈍っているだけで、こころはしっかりあたたかく反応しているのだと思う。

 

 

最後に1つ紹介した。

人は自分のためだけに生きて自分のためだけに死ぬ、というほど強くない 

「これは有名な作家の三島由紀夫さんの言葉です。」

「どうでしょうか。もし、自分のことばかり考えて、自分のためだけにお金を使って物を買い、自分のしたいことだけをして生きたとしたら。

幸せで楽しいかと思うと、実は楽しくない。人生がつまらなく思えてきて、だんだんなんのために生きているのかわからなくなってくる。生きる意味や生き甲斐を失って、つらくてしょうがなくなってくる。それに耐えられるほど人間は強くないということではないでしょうか。つまり、人間は人のために何かするようにできている。そうしないと生きられないようになっているのではないでしょうか。」

 

 

結論としては、

生きるということは、人を喜ばせること。よろこばせごっこだということ。

だから、人を喜ばせるあなたたちの今の仕事はすばらしいことをしているのだということ。

 

ここにいる全員が、こんな気持ちで仕事や人生に生き甲斐を感じれますように。

そんな思いで、このワークショップは幕を閉じた。

 

 

暗いホールでも、皆の顔が変わっていたのが見えていた。

特に新入社員の若い子達に顕著だった。涙を浮かべて食い入るようにスクリーンを見つめ、なにかを感じ取ってくれているようだった。その純粋な表情に、こちらが感動して泣きそうだった。

 

終わって、みんなに思い思いの感想を提出してもらった。そこにはそれぞれの深い思いが記されてあり、うれしくなった。

「なんのために働いているかわからずつらいことも多かったけど、なにかわかった気がします」「心に残りました」など、それぞれ何かを持って帰ってくれたようだった。

 

 

その後、ゆるやかに部署内に変化が現れていった。元々は文句を言い合う環境だった重い雰囲気だった場所が、だんだんとその空気が入れ替わっていった。

文句を言いつづけていたスタッフは去っていき、空気の循環も起こっていった。

今、その時一生懸命話を聞いてくれていた新入社員たちが第一線でキラキラと活躍してくれている。

 私はもうその職場には今いないが、いつまでもその子達の活躍を心から応援している。いつまでも、「なんのために」と問いつづけて生きていってくれることを願いながら。

 

 

あなたはどのように答えますか?

「なんのために今の仕事をしていますか?」

 

 

時々わからなくなったら、あなたのこころとアンパンマンに聞いてみるとよいと思う。

 

この本が今回のワークショップの主役でした。まえがきからすでにおすすめ。 

やなせたかし 明日をひらく言葉 (PHP文庫)

やなせたかし 明日をひらく言葉 (PHP文庫)

 

 

このアンパンマンの映画は最高傑作だと思う。私はわんわん泣けた。大人こそ見るべき映画だと思う。やなせさんの想いがこれでもかと伝わってきて胸が痛いほどだった。今の日本人全員が見直すべき映画だと思う。

それいけ!アンパンマン いのちの星のドーリィ [DVD]

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 ではまた。 

【恋愛カウンセリング風】恋愛を怖がっていませんか?恋愛がうまくいかないと思っている女性に贈る2つの秘訣

こんにちは。らんです。

 

昔からよく友人に不思議がれれていたことがある。

私は「恋愛体質」だそうで、「小悪魔」だとよく言われていた。どうやってそんなに恋愛し続けることができるのか、秘訣を教えてくれとよく言われていた。

私にはよくわからなかった。特に意識しているわけではないので、教えようがなかった。

 

しかし、既婚者となって落ち着いている今、改めて恋愛について考察してみたくなったので、ここで自分の恋愛状況を洗い出しながら、その秘訣というものを自分なりに見つけ出して、ここに友人の声に今更ながら答えてみたいと思う。

 

私の周りには恋愛に困っている友人や知人がたくさんいる。というか、誰の周りにもいるだろうし、なにより自分だよ、という方もたくさんいるだろう。

 

まず恋愛フェーズにおける困りごとを下記の3段階にわけてみる。

  1. 初期段階:出会いがない
  2. 中間段階:出会っても付き合うに至らない
  3. 最終段階:付き合っても問題がある

 

この中で今回考えてみるのは、2.「出会っても付き合うに至らない」について。

 

 

1.と3.についてはおいおい書いていきたい。

 

まず2における考察について、友人2名にに登場していただき「出会って付き合うに至る方法」を導き出していきたい。

 

友人N子の場合

超が付くほど恋愛下手な友人Nは恋愛における問題を多々抱える女子だったが、その中でも歪みまくっていた恋愛の方法が「いいなという人がいても、その素ぶりを絶対見せたくないので好きじゃない態度を取る」ところだった。

かなり歪んでいる。これはまるで小学4年性の男子が女子に取る態度だ。

好きだという自分の気持ちを相手に醸し出せないため、その男性は「この子は自分に興味がないな」と思う。そうすると、始まるかもしれない恋愛も全く始まらない。

なぜなら男性は、自分をいいなと思ってくれていそうな女性に寄ってくるからだ。

男性はけっこう臆病者。初めから負ける試合に挑むほどメンタルが強い男性はそんなにいないからだ。

 

 どうしてN子はこんなに歪んだ態度を男性に取ってしまうのか。そこには以前この記事に書いたことが影響している。

親の影響だ。

N子は父親が暴力を振るう家庭で育ったそうだ。あまり彼女とそのことについて話したことはないが、ちらっとそんな話をしてくれたことがあった。そういう家庭で育つと確実に自分の性格に影響を及ぼす。

つまり、「暴力を振るう父親を見て育つ」→「男性は怖いものかもしれない」→「男性への警戒心」へと発展し、成人した今でも男性への警戒心をずっと心の奥底で抱えている。

 

過去記事はこちら↓

yukimimame.hatenablog.com

 

だからどうすればよいのか。その記事で書いたように、「勘違いだったと自覚すること」だ。そもそも男性は怖いものでもなく、本来ニュートラルだ。人により暴力を振るうこともあるが、全員ではなく、穏やかな人もたくさんいるのだ。そういった間違った思い込みを育った環境で植え付けられてしまったことに気づくことが第一歩だ。このことに気づかない限り、ずっと歪んだ恋愛観に悩まされることになるだろう。

 

そして「男性は怖いものではない」ということを腹に落としたら、次のステップは2つのコツを足せばいいだけだが、それはもう1人の友人を紹介した後お伝えしようと思う。

 

 

友人T子の場合

有名大学を卒業し、大手企業に就職し10年以上も同じ企業で働く真面目なT子。綺麗な顔立ちでスラッと細く、ファッションセンスもシンプルで性格も優しく思いやりのある素敵な彼女は、なぜか彼氏ができない。それはなぜか。

彼女の場合は、隙を感じさせないのだ。そしてN子と同じように、相手のことを気に入っているという雰囲気を醸し出すことが苦手だ。

男性にとっては、ちょっと強そうな女性に見えるのだ。男性は自分が守ってあげたくなるような女性が好きだ。1人で生きていけそうな女性が苦手なのだ。

T子は決して強い女性ではない。本当は彼氏を作って側にいてほしい、頼りにする人がほしいと思っているのだ。でも肝心なところは、それをいかに初対面で相手に醸し出せるかどうかだ。なぜなら初対面で、「私は1人では生きていけない繊細な女性です」と口頭で伝えるわけにはいかず、雰囲気で醸し出すしかないからだ。

 

つまり、最初が肝心ということだ。第一印象で9割が決まるなどと、よくビジネスなどで言われている使い古された言葉だが、実際は恋愛でも一緒だということだ。

「中身を知って好きになってほしい」というのは現実問題難しい。それは付き合ってから知ってもらえばよい。まずは0→1にすることに注力する必要がある。

 

 

2人を踏まえた「出会って付き合うに至る方法」のまとめはこの2つだ。

1. 隙をみせる

2. 優しそうに見せる

 

私の結論はこの2大重要事項に落ち着いた。

まず “隙がある” ということが非常に大事だ。完璧女子は男性の苦手とするところだからだ。「自分のこと好きかも?」と思わせたら勝ちだ。

次に “優しそう”が同じくらい重要だ。実際優しいかどうかは置いておいてOK。見た目が優しそうに見えることが大事。なぜなら、男性は優しい女性が大好きなのだ。女性のお腹から生まれた男性は本能的に母親の役割を女性に求める。優しくしてもらいたいと思っているのだ。 

 

 

では、具体的にどうしたらいいのかみていこう。

 

例えば合コンに行く場合、紹介で誰かと会う場合、気になる人が社内や電車内(?)にいる場合、婚活パーティーに行く場合など、将来の彼氏と顔を合わせる時に意識するべき“隙のみせかた” は以下のとおり。

 

 

ファッション

  • “優しそう”な服を着る。柔らかい色、シフォン素材、暖かい色味など。間違ってもoggi系完璧女子ファッションを目指さない。(結婚後や女子会にはOKだが)隙を感じさせること。

 

髪型

  • “優しそうに”見えるようゆるめに仕上げる。髪型も含めて顔の部分は男性が1番重視するところだ。女性は中身で彼氏を選ぶのに、非情にも男性は顔で容赦なく選んでいる。髪型は意外に重要だ。長い髪でも短い髪でも、優しく見えるようふんわり目に仕上げておくのがコツ。

 

笑顔

  • 月並みに聞こえるかもしれないが、この笑顔という武器にはすごい威力があるのをご存知だろうか。女性の満面の笑みは最強なのだ。男性はその笑顔に女性の“優しさ”を感じる。「彼氏ができない」と悩んでいる女性は、一度振り返ってみてほしい。初対面で「はじめまして」と言い合っている瞬間、自分は満面の笑みで相手に微笑んでいるかどうか、ということを。意外にできていないのではないだろうか。男性への警戒心を心の奥底で持っているN子のような女性は、絶対初対面で表面上でしか笑っていない。警戒心をバリバリ張っているからだ。そんな警戒心を瞬間で男性も感じ取っているのだ。動物的な本能で、自動的に警戒心のない女性を選んでいるのだ、種を残すために。なので、「付き合いたてのデートで彼が待ち合わせ場所にやってきた」時くらいの満面の笑みとキラキラの目で初対面の男性を迎えてほしい。それだけで、その後の展開が変わってくる。

 

態度

  • 態度は “隙” が超重要だ。相手がタイプでもタイプでなくても、男性全員に基本姿勢として “隙”を見せておくことをおすすめする。なぜならどの男性が自分と相性が良いかなど、本当は深く知り合わなければわからないからだ。それが女性は中身で選ぶという理由である。隙を出しておくと、男性は「俺にもしかして気がある?」と勘違いでも感じることとなる。そうすると彼には後ほどあなたへ連絡先を聞いたり、デートに誘う勇気が湧いてくる。男性も断られるのがこわいため、できるだけ断られない相手を探しているのだ。そうして実際デートなどをしてみないと0→1に発展しないため、隙を見せるというのは相手がこちらを誘う敷居を低くし、チャンスを与えるという意図を持つ。隙というのはわかりにくいのでいくつか具体的な例を5つ挙げてみるとこういう感じだ。
  • 例1 )相手の言うことをすこーし前のめりでふんふん聞く→私はあなたにとっても興味がありますと醸し出す。まっすぐ座って聞かない。
  • 例2)誰に対してもニコニコ口角を上げて楽しそうに話す。実際楽しいかどうかは無関係。その場を楽しくさせてあげようというおもてなしの心を持って、終始にこやかに接する。→男性は誰にでも優しい女性が好きなのだ。
  • 例3)気になる人がいたら、その人の話を引き出して色々質問してみる。→質問=あなたに興味がありますのサインになるからだ。間違っても自分のことを知ってもらおうと自分の話をベラベラ話さない。自分の話をするのは、相手から質問されてから初めてする。
  • 例4)  気になる人と目があったら優しい笑顔で見つめ返す。目をそらしたりプイッとしないこと。→ここでもあなたに興味がありますよ、とサインを送る。
  • 例5)気になる人から連絡先を聞かれたり、何かに誘われたら0.1秒で快諾する。→待ってました、あなたを待ってましたのサインを送る。妙にじらす必要があると思い込んでいる人も多いが、この瞬間でのじらしは不要。まず0→1にするまでは積極的に。デートをする中になってからじらすなりなんなりしてもよいが、彼氏ができない問題に悩むならまず誘いを受け入れること。

 

 

具体例はこのくらいにしておくが、まとめとしては、男性が誘いやすいように隙を作って優しそうに振る舞うことが大事、ということだ。

 

「恋愛体質」と言われた自分を振り返ると、確かに彼氏ができないと困ることはなかった。ただそれは自慢などではなく、私が男性への警戒心を全く持っていなかったことが原因だったからだ。

私の父は本当に優しく穏やかでユーモアがあり、いつも周りを笑わせる人だった。

そんな父を見て育った私は、男性は怖いものだとか、警戒するべきものだという世界観を全く持たなかった。だから、いつも男性に無警戒で、悪く言えば超無防備で隙だらけだった。誰でもウェルカム状態だったため、自分が気に入った男性は自然と向こうから寄ってきてくれた。自分から告白せずとも、彼氏が途絶えず結婚直前までずっとそんな調子だった。もちろん付き合ってからの問題は色々あるのだが。

でもそれは私の頑張りでも才能でも特技でもなく、私がすごいわけでは全くない。なぜなら私は無意識でやっていたからだ。それは紛れもなく父の人格のおかげなのだ。

 

だから、それぞれ恋愛で悩んでいる女性は一度振り返ってほしい、父親との関係や、両親から受けている影響というものを。そこに、根本的な悩みの解決方法が隠れていると思うのだ。男性への恐れや歪んだ見方が自分に見出せて、歪みをまっすぐ正し、ニュートラルな世界観で男性を向かい合えたとき、そこから恋愛は良い方向へ向かうのではないかと感じている。

 

そう思うと恋愛の問題は、恋愛ハウツー本を読んだって勉強したってうわべの解決方法でしかないということだろう。結局根本的な問題は、私たち自身の中にあるということだ。相手を変えようとしても、世界を変えようとしても解決できないことだ。

一度、幼いころからの家庭環境を振り返ることをおすすめする。

 

 

 

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ではまた。