くらやみらんぷ

くらくなったららんぷを灯そう。

災害慣れしていない街の恐ろしさ

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災害を経験して思うこと。

 

今回の記録的な大雨の影響で、住んでいる場所に「大雨特別警報」が出され、「避難指示」まで出る非常事態を経験した。

 

夜から携帯の緊急速報は幾度とけたたましく鳴り続き、のんきに構えていた私もさすがに不安を感じ始めた。

家路へ着こうと午後10時ごろに車を走らせると驚きの光景が広がっていた。

道路が冠水し、膝の高さまで国道が水浸しになっていた。

初めてこんな深い水の中を車で走った。さすがに危機感を感じた。

 

私の家は一級河川の側に位置し、絶対溢れそうにないその川が氾濫するという危険性が差し迫っていた。

唯一の身寄りの夫は帰ってこない。こういう時、地元ではない土地ってなんて心細いことか。

私はなんとか情報を集めようと市のホームページへアクセスするも、まったく表示されない。

こんな時にサーバーダウンとは。「こちらをご覧ください」と丁寧に貼られていた河川のライブカメラのリンクも全く表示されない。

こういった非常事態にしか河川のライブカメラなど、普通の人は見ないだろうに。非常事態には見られなくなるとは、なんのためのサイトなのか。

災害に疎い地方の災害対策の脆さが露呈した形となっていた。でもそんなことに不満を漏らしていても解決はしない。

結局は、個々の判断に委ねられることになる。そのことを実感し、怖さを感じた。

 

こんなときに役に立つと心から実感したのはSNSだ。地元の人々が今の周りの様子や心境、行動を共有してくれていた。普段あまり使用しないが、アカウントを持っているのでスムーズにチェックできた。

フェイスブック、インスタグラム、ツイッター。一通り確認し、皆の行動を確認することができて心強かった。

 

多かったのが「自宅の2階で待機します」という人々。たしかに、私もこの暗い夜、大雨の中どこの避難所に行けばいいのかもわからず、自宅で待機しようと思っていた。

また、避難所の駐車場の混み具合などの情報も上がっていた。駐車場が満車であればせっかく行っても入れない。こういった情報も非常に有益だと感じた。

 

結局夫が夜12時を過ぎて家に帰ってきて、一緒に夫の職場に行って避難することになった。一人で一夜を過ごさなくてよくなりほっとした。

家の側の川はすぐ横に遊歩道があり街灯があるのだが、その街灯が完全に水に浸って見えなくなっていた。決壊まで約1~2mというところだった。側を車で走りながらその光景を間近で目にし、心から身の危険を感じた。

 

夫の職場は山道を越えていくのだが、通行止めになってしまったところや土砂崩れ寸前のところがあり、迂回しながらなんとか職場にたどり着いた。

 

ニュースをずっと流しながら、家の側の川が決壊しないことを祈るばかりだった。この河川が氾濫したら最後、街に甚大な被害が出て悲惨な事態になるだろう。

早朝に満潮を迎えるという情報もあり心配は尽きないが、自然の力だ。私たちにできることはもう何もなかった。

 

寝よう。

それしかできることもなく、不安な心のまま朝3時ごろ眠りについた。

 

朝6時ごろ、夫の電話がなった。

今いる夫の職場の敷地内で2箇所、土砂崩れが起こっていた。夫が飛んでいった。

 

その後起きてニュースなどを確認してホッとした。

家の側の川はどうやら無事だったようだ。

街の各地は冠水し、各所で通行止めや土砂崩れが起こっていたが、街が終焉するであろうと思われる一級河川の氾濫は免れたようだった。

 

それでも予断は許さない。

隣町では断水し、生き埋めの方もおられるようだった。隣町の友人宅は裏山が崩れ、消防隊によって退去させられたそうだ。ペットの猫を置いていけと言われたのを、無理やりリュックに詰め込んで避難したそうだ。

2階部分に住み1階が冠水して動けない知人友人も多数いる。死亡事故も発生している。

 

雨が弱まっているのが幸いだ。お陰で少しずつ水が引いているようだ。これで、もしまだ雨が強く降り続いていたら、歴史に類をみないほどの被害が及んでいた危険性を孕む。

 

私は避難しているため安全だが、まだ家には帰れていないため心配だ。帰って一階が浸水していたら・・車がどうにかなっていたら・・考えると不安だ。

 

 

この災害で感じたこと。

 

それは、結局自分しかあてにならないということだった。

 

緊急を要する事態の中で、判断するのは自分自身でしかないということ。

緊急速報が流れても、そこに流れる情報はごくわずかだ。

一つは「避難してください」ということ。

二つは「ここが避難場所です」というリスト。

 

この情報を元に的確な行動を取ることはまず不可能。

避難場所の名前をリストアップされたところで、それがどこなのか、家から近いのはどこなのか、そういった情報は結局自分で調べないとわからない。

そして今回、調べようとしたらなんと市のサイトが「表示されない」という不可解な事態が発生した。

詳細情報はそのサイトを訪ねよと緊急速報で書かれているのに。そのサイトが機能していなかった。

なんてことだろう。あってはならないだろうことが平然と起こっていた。

 

つまりは、事前にどれだけ備えているかということが大事になるということだった。

 

私は先日の大阪北部の地震により、南海トラフなどの大地震があった際にどこに避難するべきかをここ最近調べていたばかりだった。

ただ、地震で取るべき行動と、河川の氾濫で取るべき行動とは違った。

 

結局どこがベストな避難場所なのか、昨日の時点では上手く調べきれず、結局夫が帰ってこなかったら私は自宅の2階で朝まで眠れぬ夜を過ごしていたことだろう。

避難指示が出たからといって本当に無理して夜中に移動するべきことなのか、本当はどういった行動がベストなのか。

後ほど批判されるのを恐れてか、市が一斉に避難指示を出すのは良いが、その後の避難誘導や受け入れ態勢の整備などが遅れていては市民は混乱する一方だ。

 

市町村を頼りにしても意味がない。

 

今回、そんな孤独感を感じ、自分で自分の身を守る必要性をひしひしと感じた。

 

引き続き災害は継続して発生している中だが、反省点を必ず次に活かさねばならないと強く思った。

歴史は繰り返すだろう。水害も、災害も、必ず。

 

その時、少しでも今回の災害をきっかけに、成長している自分でなければならないと思う。

次の危機に備えること。今回の教訓を無駄にせず、しっかり自分で反省し改善すること。

 

とりあえず私がしたことは、「自分の住む地域の災害避難場所一覧サイト」をブックマークしすぐ見られる状態にしたこと。

そして、もし災害が起こったらここに行こうという自分なりの目星をつけたこと。

 

こういったことをしておくだけでも、備えにはなるのではないだろうか。

 

災害は前触れなしに突然やってくる。

その時に迅速に動けるように。

 

そして、これを機会に防災グッツを購入しようと思う。

 

日本は地震大国であり、自然と調和することが必須の国だ。

この土地に住まわせていただく国民の心構えが、より一層問われているような気がしてならない。

 

これ以上被害が広がらないよう、七夕のこの日に、心よりお祈り申し上げます。