くらやみらんぷ

くらくなったららんぷを灯そう。

夫とたまにはバドミントンをしよう。

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今日は、思い出を意図的にデザインする大切さについて書いてみたい。

 

私の夫は1ヶ月に1,2日しか休みがないのだが、昨日の三連休の最終日に珍しく休みが取れた。

あまりにも久しぶりに夫が休みになると、逆に戸惑う。毎週末、週に2日も夫が休みの一般夫婦はどうやりくりしているのだろうか。

 

夫はアウトドアラバーとはほど遠く、アクティブなことも嫌いなのだが、昨日は絶対行かないであろうところを提案して行ってみることにした。

 

それは、ラウンドワンのスポッチャ。

 

ご存知だろうか?ラウンドワンのビル内にある、カラオケや屋外運動場、ビリヤードや卓球など、様々な施設が使いたい放題の場所だ。

 

学生の頃にはよく行ったのだが、大人になってから行ったことはなかった。

三連休ということもあり、施設内は学生や子供連れファミリーなどでごった返していた。

自分が行ったことのない環境などを嫌い変化を望まないアスペ夫は入場手続き時点で非常に居心地が悪そう。

 

列の前にいるのは4人の大学生風グループ。後ろには小さな子供とパパ。

「一体ここはなんなの??」と不安そうにしきりに聞いてくる。

でも「こんなところだよ」と何度説明しても、聞いちゃいない。

まぁ、入ったらわかるから。と無理やり夫を連れて中へ入った。

 

アスペ夫は表情が少ない。何を考えどう感じているのか読み取りずらいが、

そんな彼に合わせていてもことは始まらない。

私はやりたいこと、作りたい家庭像は自分で作っていくことを信条にし、決定事項を決めているようにしている。

 

そんな目がキョロキョロしている彼をぐいぐい引っ張り、まずはバッティングコーナーへ。

学生以来したことがないらしい彼は、「当たらないんだけど!!」と文句を言いながらもけっこう楽しそうに打っていた。

 

次に卓球やビリヤード。この辺りは得意げ。

ゲームコーナーで車のレース対戦をして彼を負かし、最後にバドミントンコーナーへ。

 

彼とはこういった場所へ来ない限り、一生しなさそうなバドミントン。

子供がいない現在、カップルとしてバドミントンをするということが、後ほどどれだけ貴重で微笑ましい思い出になることだろう。

私はそう思い、意図的にそんな楽しい思い出を作りにここへ来た。

 

「高校生のとき、実はバドミントン部だったんだよねー。一回もやったことなかったけど」と言いながら、それはそれはヘタクソな打ちっぷりを披露してくれた。

 

私が突然連れていったものだからサンダルのようなものを履いていた彼は、裸足になって炎天下の中あっちへこっちへ走り回っていた。

 

実に楽しそう。

そんな彼を見て、うんうん、この感じけっこういいな、と思った。

 

地方住まいで本当に実感するのは、たいして出かけるところがない、ということ。

だいたいショッピングモールに落ち着く人も多いと思う。

この休日はどこに行こうと、たいして選択肢のない中考えるのも面倒くさいだろうし、いくらグーグルで検索しても、たいした場所がない事実は変わらない。

 

でも、工夫を凝らす必要があるな、と感じる。

 

もし私が死ぬ時、走馬灯のように思い出が走ることになった時、何を思い出すか。

その時に「ショッピングモールをウロウロした思い出」が出てくるとは思わないからだ。

それよりは、「スポッチャに無理やり連れていき無理やり2人でやったバドミントン」が思い出が優先して出てくると思う。

 

そうやって、思い出はだんだん作られていくものではあるが、より「思い出をデザインする」ことを意図的に意識して日々生きる行う必要があるのではないだろうか。

 

 

思い出はデザインするもの。

 

 

そうやって夫との次の休日をデザインしてみると、なんでもない休日もよりワクワクしたものになる。