くらやみらんぷ

くらくなったららんぷを灯そう。 *****アスペルガー夫を持つアラサー主婦のこんなはずじゃなかった七転八倒新婚ライフ*****

16歳年上のおじさんとのドロっとした恋

自分の不倫体験を思い出しながら

過去の恋愛棚卸しに移行中。

 

前回の続きを書こうと思う。

 

前回、結婚前提男と破局

次の日に会ったおじさんと間もなく付き合うことになった。

 

 前回はこちら。

yukimimame.hatenablog.com

 

そのおじさんは、

私が結婚前提男と離れるため新居を探した日に

部屋探しをサポートしてくれた不動産のスタッフだった。

 

どうしておじさんと書くのかというと、

見た目が普通のおじさんだからだ。

 

かっこよくは決してなく、年相応の男性。

 

自分では意識していないのだが、

友人いわく私はB専だそうだ。

 

失礼な、と思う。

Bもいける柔軟な人間だと言ってほしい。

 

 

そのおじさんにサポートしてもらい

その日に新居を契約した。

 

さっさと元彼の家から離れたかったのだ。

 

 

そしてそこから、おじさんがたいそう可愛がってくれた。

食事に行ったり、お茶したり。

 

おじさんのアドバイスがけっこう的を得て好きだった。

 

おじさんは元々大手企業で重役だったそうだ。

人事や会長の世話役で

バブル期はこれでも超モテたようだった。

 

バブルがはじけて会社が傾き、

そこから彼の人生も緩やかに傾いていったようだった。

 

彼には家族がいなかった。

父は警察官で、彼が幼い頃に目の前で首を吊って死んだそう。

彼はなにかを隠して死んでいったのではないか。

詳しく聞いていないが、彼にとってのトラウマが

ここにありそうだった。

 

母はがんで亡くなり、それを追うように姉もがんで亡くなった。

 

唯一家族のように大切にしてくれた会長も、

その息子からの嫉妬ややっかみが邪魔して結局会社に居づらく

自分からその会社を去ったという。

 

そこから鬱になり、しばらくは引きこもっていて

現在社会復帰中なんだ、という話をしていた。

 

「色々な人に騙されてね・・人間不信になってしまって。

天涯孤独の身なんだよね」

そう話す傷心の彼に、少し寄り添ってあげたくなった。

 

たしかに彼の仕事に対するアドバイス

人生における考え方は私に新しい世界観を与えてくれた。

そこが好きだった。

 

私は自分を向上させてくれる存在の側にいるのが好きだ。

 

だんだん彼と時間を多く過ごすことになり

彼も私が好意的なのを肌で感じていたのだろう。

 

ある日屋上で2人、星を眺めながらキスをした。

 

おじさんとだ。

 

でも、けっこう受け入れられた。

なんだ、私けっこういけるな。

そんなことを思った。

(失礼)

 

それから交際が始まった。

彼の家に行くと、よく料理上手な彼が

料理をごちそうしてくれた。

 

彼は映画が大好きで、1日4本見せられるときもあった。

 

今でもそんな多様な映画観賞した経験が

それなりに役に立っている。

 

彼もガツガツしたところはなく、

落ち着いた人だった。

 

外見を除けば、中身はけっこう男らしくかっこよかった。

 

 

ただ、だんだんその中身が邪魔してきた。

 

私はその当時、けっこう旅人気質だった。

そして世界を旅しようと計画しお金を貯めていた。

 

いよいよ実行に移す時期かと考え

そんな夢を彼に語るといつも喧嘩になった。

 

彼は「そんな旅がどんな得になるの?」

「仕事上でキャリアアップのメリットがないじゃない」

という論理をいつも私に説いてきた。

 

その時の私は旅の重要さを上手く伝える術を

持っていなかった。

ただ、そんなことを言われることが悔しかった。

 

私は「世界を見たい、視野を広げたいという気持ちに

社会的な意味なんてなくたっていい」

「あなたは過去の栄光にしがみついてるだけでしょう」

「どうしてそんなに上から目線で見られないといけないの」

と必死で対抗した。

 

彼が社会でもみくちゃにされて学んだ

「大人の」知識や常識が、

彼を見失わせているような気がした。

 

それを彼に伝えようとしたが、難しかった。

大人になると頭が固くなって

物事を受け入れられないのだ。

 

そんな喧嘩が永遠続きながらも、

私は決して意思を曲げず海外へ長期で旅に出ることにした。

 

1ヶ月後に旅へ出ることにした私は

このまま彼に止められるわけにはいかず、

彼に別れを告げた。

 

だんだん泥沼化していた。

直接別れようと言っても受け入れられないと思い

ある日全て荷物を持って彼の家を出た。

半同棲のようになっていた頃だった。

 

そうして、私が付き合う男のお決まりが始まった。

彼から泣いて電話がかかってきた。

「おまえなしじゃ生きられない。どうして行ってしまうの」

「ひどい、ひどいよ・・」

さんざん泣かれた。

 

そして彼から

「お願いだから、あなたが海外に行く残りの1ヶ月だけ

まだ彼女でいてほしい。最後に夢をみさせてくれ。」

 

だんだん彼の精神状態が崩れていっていたので

最後1ヶ月を彼と過ごすことにした。

彼は「こんなに幸せな時間はない」

「夢みさせてくれて本当にありがとう」

「あなたは私にとってかけがえのない存在だよ」

と常に言っていた。

 

私は彼のことを嫌ってはなかったが、

どちらかというと彼が自殺でもしないよう

対処療法的処置だと考えていた。

 

 

そしていよいよ海外に旅立つ前日。

彼と大げんかをした。

 

色々な経緯があったが、

短くいうと彼がいよいよ正気でなくなった。

私をさんざん責めてきた。

 

「俺をさんざんいいように使って捨てて

一体なんなんだよ!!」

と鬼のような形相で怒ってきた。

 

私は狂った彼に嫌気が差し

「もう2度と顔も見たくない」

と切り捨てた。

 

こちらもけっこう精神的に限界がきていた。

 

 

それだけ騒いでも結局は空港まで送ってくれ

無言で空港まで車で向かった。

 

最後に私はもう一度、

「もう2度とあなたには会いたくない」

と厳しく伝えた。

 

彼は「そんな悲しいこと言わないでよ・・」

と力のない声で言った。

 

私は最後まで切り捨てた素振りで

彼の元を去り飛行機に乗った。

言葉通り、嫌いの域に達していた。

 

 

結局は海外でもけっこうおじさんと連絡をとった。

電話したりもした。

 

旅に出て3ヶ月後、おじさんが自殺しようとしているのでは

という心配が走った。

急に連絡が取れず、

「自分のことは自分でけりをつけます」

というメッセージが最後だったからだ。

 

正直かなりびびった。

日本に帰って、彼の死体を発見することを想像した。

うわ、それだけはいやだ。

 

色々な人に連絡し、彼に連絡を取ってもらった。

結局、捜索から約1週間後

「もう僕のことはそっとしておいてください」

というメールがきた。

とりあえずほっとした。

よかった、生きてた。

 

その後彼と電話が繋がったが、

憔悴しきっていた。

私がいない人生に生きる意味を失っているということだった。

 

しっかりしろよ、おじさん。

 

本当、男ってもろくて弱いな。

と感じざるを得なかった。

 

日本に帰り、おじさんとは縁を切った。

メールは来ていたが、もう会うことはなかった。

 

彼から長文メールがよく来ていた。

 

それには

「あなたから愛と勇気をもらいました。

本当に感謝しています。」

といった感謝と愛のメッセージだった。

 

それを知った友人は

「あなたはアンパンマンだね」

と言った。

 

 

今、彼がなにをしているのかはわからない。

 

私との思い出を人生最高の日々として

美化して生きているのだろうか。

 

なんでもいいが、しっかり立ち直って

強く生きていってほしい。

 

 

後々、友人とおじさんの話になり

「どうして別れたの?」

と聞かれた。

 

私は「んーー・・おじさんだったからかな」

と言った。

友人たちは口を揃えて

「いや、最初からわかってたでしょ!!!」

とたいそうドヤされた。

 

そりゃそうだ。

彼は出会ったときからおじさんだった。

 

 

本当は、大人の論理を振りかざす男にうんざりした、

というところだろうか。

 

この世界や社会を分かった風な俺様は

結局人生の生きる意味を失いがちなのだろう。

このおじさんから学ぶことは多かった。

 

ありがとう、おじさん。

 

 

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